>

公園 > 高田屋顕彰館Top > かわらばん
> 高田屋嘉兵衛、太平洋を翔ける
ディアナ号周航図(クロンシュタットからカムチャツカまで

タンナ島(バヌアツ)

 高田屋嘉兵衛を捕えたロシア船ディアナ号は、1807年8月(ユリウス暦)、ロシアのクロンシュタット港を出発しました。ディアナ号の航海は、北太平洋海域での地理調査を目的としたものでしたが、政治的状況と天候のため、苦難に満ちたものになりました。ケープホーン岬近くを航行していたディアナ号は激しい嵐に遭い、艦は損傷し、アフリカ沿岸へ漂着しました。喜望峰に到着した時、イギリス軍艦によって拿捕されました。その少し前に、イギリスはロシアに宣戦布告していたのです。ほぼ13ヶ月に及ぶ長い幽囚の後に、ロシア人たちはイギリスの艦隊のひしめき合うなかを逃げ出しました。艦の食糧は乏しく、敵艦が停留するすべての港を避けながら、南緯40度を航海しなければなりませんでした。その長い航海の間、ディアナ号が立ち寄ったのはニューヘブライズ諸島のタンナ島だけで、彼等はクック艦長以後、同地へ立ち寄った初めての西洋人となりました。

 

モスクワで制作されたゴロヴニン像

高田屋嘉兵衛、太平洋をわたる

2009年はディアナ号がタンナ島に寄港して、ちょうど200年にあたります。画家として現地で活躍するロシア人ニコライ・ミッシュトシュキン氏が、ロシアとバヌアツの出会いを記念して、現地(首都ポートビラ)の美術館にゴロヴニンの胸像を展示することになりました。ゴロヴニンのご子孫、ピョートル・ゴロヴニン氏から紹介を受け、高田屋顕彰館よりゴロヴニン事件関係の資料を差し上げたのがきっかけで、氏からは丁寧な礼状と、自身の作品や現地の写真などをご提供いただきました。

  2009年7月25日には、現地でピョートル・ゴロヴニン氏らを招いて、記念式典が開かれる予定です。武力によらず紛争を解決した「ゴロヴニン事件」と嘉兵衛の功績が、世界の人々の共感を得ることを願っています。

ニコライ・ミッシュトシュキン氏(左)と共同制作者のアロイ・ピリオコ氏(右)

ミッシュトシュキン氏は制作活動のかたわら、オセアニア芸術の保存活動にも尽力されています。愛知県犬山市にある野外民俗学博物館リトル・ワールドには、氏のコレクションの一部が寄贈されています。

氏の作品と現地風景↓